不連続連載小説 松尾大源(6)
2024-05-16


メキシコ湾に出たとたん、暴風雨に見舞われ、再び、船底で必死に船酔いと戦う日々が続いた。
 大西洋の半年をかけた長旅に出た支倉常長一行のなかでも大源はひときわ若かった。しかし、その若さが退屈な長旅では裏目にでたのである。船酔いはメキシコ湾を過ぎ大西洋に入ると治まってはきたが、先の見えないこの旅の行方が心配になってきたのである。それは、大坂冬の陣への伊達政宗の参加の話や川幕府の権力が強化されつつあるとの知らせがスペイン海軍やソテロを通して入ってきていたためもあった。この旅の目的である、伊達藩の独自の海外との取引が、徳川方から圧力を受けることになるのではないかといったものである。

 ソテロの尽力でセルビアに上陸した常長は翌年正月にスペイン国王に謁見を許され、ソテロの意向もあって使節団一行はローマ法王を訪問する前に、マドリッドで洗礼を受けることになった。大源もすでにスペイン海軍やソテロとの交流の中で洗礼を受けることに違和感は無くなっていた。ただ、徳川幕府と政宗との力関係だけがこの旅の成否を決めるのではないかという漠然とした不安感を抱いていた。

 しかし、微妙なスペイン国王とバチカンの関係の中、なかなかローマ法王との謁見の予定が決まらず、半年もスペイン国内に足止めされていた。一行の中には当時のスペイン社会の進んだ開放感の中で、日本に戻ることをあきらめ現地に移住することを決意した参加者もでてきた。だが、大源は政宗を信じ、じっとローマへの旅立ちの日を静かにまっていたのである。
[memorandum]
[私家版歴史]

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